幸せになるのが怖い心理|いいことがあると不安になる癖に気づいた話

いいことがあると、ふと心が沈む瞬間があります。

嬉しいはずなのに、どこかで警戒してしまう。

 

「この幸せ、続くのだろうか」

 

そんな思いが、心の奥から静かに顔を出すことがあります。

 

もしかするとそれは、弱さではなく
心が自分を守ろうとしてきた歴史なのかもしれません。

 

いいことがあると不安になる心の癖

こんなポストを書きました。

シアワセになりかけた気持ちが、
すん、と、一瞬で沈む。

もしかしたらそれ、
癖なのかもしれません。

不安を探してしまう、小さな癖。

 

嬉しいことがあった瞬間に、
なぜか心がスッと冷えてしまう。

嬉しいはずの瞬間に、
心が静かに沈むことがあります。

私自身にも、長い間、そんな癖がありました。

 

思春期のダメージから始まった「喜びすぎない癖」

思春期のころ、家業が倒産しました。

それは、人生の中で最初の、
とても辛い出来事でした。

 

それまでの暮らしは、
ある日を境に、突然、終わったのです。

 

その経験以来、
私の中にひとつの思考が生まれました。

 

「喜びすぎてはいけない」

 

何かいいことがあると、
心の中で自分にこう言い聞かせていました。

 

待て待て。
喜びすぎてはいけない。

この幸せは、
いつ消えるか分からない。

 

またあんなショックを受けるのは、もう嫌だ。

 

だから、あらかじめ
喜びを小さくしておこう。

そうすれば、
もし失っても、痛みは少ない。

 

最初は、
自分に言い聞かせる「呪文」のような言葉でした。

 

けれど、何度も繰り返すうちに
それは習慣になり、
やがて意識の奥に沈んでいきました。

 

自分でも気づかない
「思考の癖」になっていたのです。

 

幸せになるのが怖いのは、失うのが怖いから

ずっと後になってから気がつきました。

これは、私の弱さではなく
心の防御だったのだと。

 

人は大きなショックを経験すると
もう同じ痛みを味わいたくないと思うものです。

すると無意識に、
心は予防線を張るようになっていきます。

 

期待しすぎない。

喜びすぎない。

希望を持ちすぎない。

そうしておけば、
もし何か起きても傷が浅くて済む。

 

とても理にかなった
心の防衛反応です。

 

けれど同時に、
それは「幸せを感じる力」も
少しずつ弱めてしまいます。

 

いいことが起きたとき、
素直に喜ぶ代わりに、

「でも…」

と不安を探し始めてしまう。

 

私は、そういう小さな癖が
いつの間にか身についてしまっていました。

 

喜ぶのが怖い癖に気づいたとき、心は少し自由になれる

この癖に気づいたのは、
大人になってからでした。

 

思春期の貧乏をくぐりぬけたあとも、
いろいろな人生の辛酸がありました。

そこには、善きにつけ悪しきにつけ、
さまざまな人との出会いがありました。

 

そんな多くの人との出会いを通して、
くっきりと見えてきたのは、
実は、わたし自身のことでした。

 

あるとき、

ああ、私は、

 

「幸せを疑う癖」を
持っているのだな。

 

そう気づいた瞬間がありました。

 

気づいたからといって、
すぐに消えるわけではありません。

 

けれど、不思議なことに、

「あ、また出てきたな」

そう思えるようになるだけで、
少しだけ心が自由になった気がしました。

 

癖は責めるものではなく、
理解するものなのかもしれません。

 

それはきっと、
過去の自分が必死に身につけた
生き延びるための知恵だったのでしょう。

 

そう思うたびに、
少しずつ、自分にやさしくなっていった気がします。

 

 

 

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本ブログについて
筆者の経験を綴るエッセイです。(詳細はクリックしてご覧ください)
筆者:山辺千賀子(やまべちかこ)について
人材教育コンサルタント、地方局キャスター、ラジオパーソナリティー、CMプランナー、女性ネットワーク組織の運営などを経てきたシニア。
認知症などの家族介護やシングルマザーとしての年月、地方議員の後添え、思春期の貧困など、さまざまな出来事の中で出会ってきた人や風景を、時間を振り返るように書き留めています。
なお、これまで筆者にお寄せいただいたお悩みを基に、「シアワセの素」ブログも綴っています。いずれのブログも、記事内容で個人が特定されないよう一部再構成しています。