ロボット掃除機やコードレス掃除機が当たり前になった時代。
便利なはずなのに、なんだか疲れることはありませんか。
私は、手作業で掃除をしているとき、なぜか落ち着くことがよくあります。
それは単なる好みではなく、
ロボット掃除機時代だからこそ感じる「便利疲れ」と、
私の、どこか原始的な感覚が関係している気がしているのです。
便利を否定したいわけではないんです。
けれど、便利に頼り切る暮らしには、
どこかで小さな緊張が続いている。
その感覚をたどってみると、
タワーマンションに住めない私の本能とも、
つながっている気がします。
タワーマンションに住めない私の原始的な感覚|便利に頼り切れない理由
私は、タワーマンションには住めそうにないですね。
負け惜しみが無いとは言えませんが💦
便利で安全で快適だとわかっていても、本能が「無理」と言うのです。
万が一、停電したらどうするのだろう。
エレベーターが止まったら。
何かあって逃げなければならないとき、高層階からどうするのだろう。
理屈ではなく、本能的に落ち着かない。
もちろん、文明を否定しているわけでもないのです。
けれど、文明に“頼り切る”ことが、どうにも安心できない。
お金でお金を増やす投資より、
汗水流して働くほうが性分に合っている。
推し活より、生身の人間関係。
化繊よりコットン。
外食より、ご飯と味噌汁。
どうやら私は、
泥臭くて手触りのあるもののほうが好きなのでしょうか。
その感覚が、どうやら掃除にも表れているみたいです。
ロボット掃除機で感じた便利疲れ|バッテリーと充電管理のストレス
掃除も同じでした。
ロボット掃除機。
進む姿が可愛くて大切にしていたのに、ある日止まりました。
まず充電。
それでも動かない。
説明書を探し、ネットで調べる。
便利なはずなのに、その瞬間から私の時間が吸い取られていきます。
バッテリーが劣化したときも同じです。
交換部品を探し、純正か互換かで迷い、価格を見て、レビューを読む。
掃除そのものより、
“管理”に時間を使っている自分に気づきます。
ロボット掃除機は便利ですが、バッテリー交換や充電管理の手間は思った以上に気になります。
コードレス掃除機は好きです。
さっと手に取れて、思い立ったらすぐ使えるから。
けれどやはり充電が必要で、バッテリーの寿命もある。
決して、便利が嫌いなわけではないんですよ。
ただ、便利に“依存する暮らし”が、どこか落ち着かないのです。
文明は、電気が止まれば止まる。
その前提で成り立つ暮らしに、
私はどこかで警戒が抜けない。
それが、ロボット掃除機時代に感じる私なりの「便利疲れ」なのだと思います。
手作業の掃除が落ち着く理由|電気に頼らない暮らしの安心感
あらゆるものが便利になりました。
人の能力の何倍もの速さと機能が、ボタンひとつで手に入ります。
それは、本当にありがたいこと。
けれど、ときどきしんどい。
全部に追いつこうとすると、どこか呼吸が浅くなる感じがします。
でも、少し手間のかかる時間には、
心が、ちゃんと追いついてくる。
ゴミをつまむ。
床を拭く。
そのリズムの中で、呼吸が整っていく気がするのです。
だから私は、手作業の掃除が落ち着くのだと思います。
便利疲れを感じたときほど、そう感じます。
速さより、心の速度。
不便さの中に、
私のちょうどいい暮らしのテンポがあるのかな。
ときどき、そうやって時間効率を下げると、
自分らしくいられる気がします。
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不便さの心地よさ。
少し手間のかかる時間には、
心が、ちゃんと追いついてくる。#暮らし #シアワセの素 pic.twitter.com/unjnfumMBN— 山辺千賀子/やまべちかこ (@white7pearl) February 17, 2026
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