友人関係がぎくしゃくしたとき、距離を置く時間は無駄じゃない

友人関係がぎくしゃくしたとき、どういい迷うことありませんか。

距離を置くべきか、それとも修復を急ぐべきか――。

 

嫌われたのではないかと不安になったり、誤解を解こうと焦ったり。

夜中に一人反省会を始めてしまうことだってあります。

 

でも本当は、すぐに何かをしなくても、いいのかも。

そんなふうに思っています。

 

ご縁がそこまでだったなら、いずれ自然に終わるものですし。

それでも大切だと感じる相手とは、ちゃんとまたつながりなおせる。

 

今回は、そんな「ぎくしゃくした関係のその後」について、振り返ってみます。

 

友人関係がぎくしゃくした、あの沈黙

友人と、静かに距離ができたことは、何度もあります。

 

大きな衝突があったわけでもない。

ほんの小さな誤解や、受け取り方の違い。

お互いの環境の変化。

 

そんな中、やりとりが少しずつ減っていく――。

 

返信の手前で、指が止まる。

偶然顔を合わせそうなタイミングを、さりげなく避ける。

きっと相手も、同じだったのだろうと思います。

 

そのまま季節が変わり、連絡先もわからなくなったこともありました。

気づけば数か月、数年。

中には十年以上という場合も。

 

人生って、あっさり十年くらい経ちますよね。

 

でも私、終わったと思ったことはないんです。

 

時間がたつと、ちょっとしたすれ違いのことなど、どんどんどうでもよくなっていく。

むしろ、楽しかった場面ばかり思い出すようになる。

 

友情って、そういうところがあるのではないでしょうか。

 

心がそこまで動かない相手とは、環境がつくった関係だったのかもしれません。

でも、心がちゃんと動いた相手は、簡単には消えない。

そう感じています。

 

友情を育んだ相手を、

ある日、SNSで偶然見つけることもあります。

 

発信を見て、ああ、この人らしいなあと、思わず嬉しくなる。

変わっているところと、まったく変わっていないところを見つける。

ああ、どうしているかな、と自然に思う。

 

人って、面白いものですね。

 

片づけ物をしていて、

その人との思い出につながる小さなグッズを見つけたこともありました。

それを口実にして、連絡してみたり。

 

勢いを借りたり、勇気を出してみたり。

そうして、重くならないように、小さく、さりげなく。

 

「お元気ですか?」くらいの、控えめな一文。

大人になると、この“控えめ”がちょうどよかったりします。

 

友人関係がぎくしゃくする心理

友人関係がぎくしゃくするのは、珍しいことではないと思っています。

むしろ、近いからこそ起きること。

 

人は、似ているところから関係を始めます。

同じ環境、同じ価値観、同じタイミング。

安心できるから、距離が縮まる。

 

でも、親しくなるほど違いも見えてきます。

考え方の癖。

大事にしているもの。

言葉の選び方。

 

「そんなつもりじゃなかったのに」という瞬間。

これ、友情あるあるかもしれません。

 

その違いに触れたとき、心は揺れます。

それが「ぎくしゃく」という感覚なのだと思います。

 

でも、友達と距離を置く時間は、関係の終わりとは限らない。

呼吸のように、近づいたり離れたりしながら、人は調整しているのだと思います。

 

近すぎると、ぶつかりますし。

遠すぎると、忘れますし。

ちょうどいい距離って、案外むずかしいものです。

 

ぎこちなさも含めて、友情は発酵する

友情の再開は、必ずしも対面とは限りません。

SNSだけのやりとりだったり、メールだったり、年賀状だったり。

私の場合も、いろいろなかたちで、またつながっていきました。

 

もちろん、再開はいつも自然だったわけではありません。

ぎこちなさが生まれることも、よくあります。

お互いの空白の時間が、静かにそこに座っている感じ。

 

でも、そのぎこちなさを、私はわりと楽しめてしまうのかもしれません。

結局、その人のことが「好き」だとわかっているから。

会えなかった時間が、その気持ちを確かめさせてくれたから。

 

発酵食品は、すぐには味が出ませんよね。

気づかないところで、じわじわ変化している。

冷蔵庫の奥で、ちゃんと育っている。

人との関係も、もしかしたら似ているのかもしれません。

 

何もしていない時間も、無駄ではない。

誤解も、沈黙も、疎遠も。

全部が材料になって、味わいが深くなるのだとしたら。

 

友人関係がぎくしゃくしたとき、急がなくていい。

すぐに整えなくてもいいのではないでしょうか。

 

発酵が進んだころに、また自然につながることがある。

そのときは、ぎこちなさごと受けとるのも味わいのうち。

 

発酵って、だからおいしいのかもしれませんね。

 

 

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本ブログ「シアワセの素|私のストーリー」は、筆者・やまべちかこの日々の出来事や、ふとよみがえる人生の記憶を手がかりに、そのときどきに感じた思いや気づきを綴っているエッセイブログです。

地方都市での暮らし、家業の倒産、人材教育の現場、ニュースキャスターやラジオパーソナリティーとしての仕事、女性ネットワークの運営、議員の妻としての生活、家族介護やシングルマザーとしての年月、再婚後の暮らしなど、さまざまな出来事の中で出会ってきた人や風景を、時間を振り返るように書き留めています。

人生の途中でふと立ち止まったときに見えてきたことや、年月の中で少しずつ意味が変わっていった出来事などを、自分の歩みをたどるように綴っています。

記事中の出来事や人物については、個人が特定されないよう配慮し、状況や表現を一部再構成しています。