最近、人に対して「信じられない」と批判する人が増えた。
そんな空気、感じることはないでしょうか。
職場でも、日常でも。
「そんなことある?」
「ありえない」
そんなニュアンスを込めた言葉に、小さなトゲを感じる瞬間があります。
でもそれは、誰かが特別おかしいからではなく、
人との関わり方が「変わってきた」からかな、って思っています。
今日は、私がこれまで出会ってきた、小さな「信じられない」を思い出し、それから感じたことをふりかえってみました。
信じられない人に出会った体験|人間関係の違和感の始まり
小学生のころ。
近所のおばさんに、突然、胸をつかまれたことがあります。
「あら、大人になってきたね」
悪気はなかったのでしょう。
ただ私は、何が起きたのかわからないまま、立ち尽くしていました。
…こういうこと、思い返すと一つや二つではないですよね。
別の日。
先生に言われました。
「あなたに頼みたかったのに」
事情を聞くと、私に来ていたはずの役目を、別の同級生が引き受けていたのです。
「あなたは忙しくてできないって」
その同級生からはそう聞いていたそうです。
私は、何も知らされていませんでした。
小さなチャンスは、彼女のところに移ったまま、何事もなかったように進んでいきました。
…理不尽というほどでもないけれど、どこか納得できない。
そんな出来事です。
さて、町には、「赤オバサン」と呼ばれる人がいました。
全身、真っ赤な装い。
遠くからでもわかる存在です。
ある日、その人が、ひとりで何かを話していました。
話しかける相手もいないのに、言葉も所作も、驚くほどエレガント。
そのギャップに、思わず立ち止まってしまいました。
…人は、はたからはわからない人生ドラマを持っている
そんなことも、こういう場面で知りました。
最後は、社会人になってから。
慰労会の鍋の席でのことです。
締めの雑炊をつくる場面で、上司が鍋をかき回し始めました。
その箸を、なめては混ぜ、なめては混ぜ。
止めても、笑いが取れていると思ったのか、やめる気配はありませんでした。
場の空気が、静かに止まりました。
私も、ついにあきらめました。
…こういう場面、どう受け止めるか、迷いますよね。
どれも、大きな出来事ではありません。
でもそのたびに、
「信じられない」
そう感じてきました。
価値観の違いでストレスを感じる理由|人との距離感の整え方
あのころは、ただ驚いていました。
なぜそんなことをするのか。
なぜそんなことが起きるのか。
理解できないことが、そのまま違和感になっていたのだと思います。
でも、少し時間がたつと、見え方が変わってきます。
その人にとっては、それが「当たり前」だったのかもしれない。
そう思える瞬間、ありませんか。
納得しているわけではありません。
ただ、経験を重ねることでしか、わからないことはありますよね。
すべてを自分の基準で判断しようとすると、どうしても疲れてしまいます。
だから、少しだけ距離をとる。
「そういう人もいる」
そう置いておくだけで、人との関係は次第に楽になっていったように思います。
孤独な社会と人間関係|「集団の中の孤」という感覚
一昔前は、「信じられない人」に囲まれていた気がします。
家族の中にも、時代のギャップを感じる、おじいちゃんやおばあちゃんがいました。
世代のことだけではありません。
生活習慣、持ち物、金銭感覚、衛生状態…
親戚の中にも、
ご近所にも、
同級生にも、
職場にも、
「違う」人はたくさんいたのです。
違いは、避けるものではなく、そこにあるもの。
そういう時代でした。
昭和の終わりに核家族が増え、平成に個食化が進み、そして今。
私たちは、関わる人を選べる時代にいます。
それは、とても自由なことです。
でもその分、価値観の違いに触れる機会が、少し減っているのかもしれません。
だからこそ、ふと出会う「信じられない」に、大きく揺れてしまう。
「集団の中の、孤としての加減」
人の中にいながら、完全には混ざりきらない感覚。
でも、拒絶もしない。
その、あいまいな立ち位置。
ここに立てるようになると、少々の違いは、以前ほど大きな出来事ではなくなっていくように感じます。
もちろん今でも、驚くことはあります。
でも、その驚きを、そのまま持っていられるようになった。
人に驚かなくなるのではなく、驚きとの距離が変わった。
そういうことなのかもしれません。
そしてそれは、少しだけ、生きやすさにつながっている気がしています。
\ポストにはこう書きました。/
人生初の「信じられない!」驚きを、仕事で経験する人が増えています。
現代は、生活習慣や価値観の違う人と「ほどよく関わりながら生きていく」経験が少なくなっているからかもしれません。
「集団の中の、孤としての加減」
これを身につけておけば、人生、少々の驚きでは揺れなくなります。… pic.twitter.com/7N5Q535npR— 山辺千賀子/やまべちかこ (@white7pearl) September 28, 2025
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- 本ブログ「シアワセの素|私のストーリー」は、筆者・やまべちかこの日々の出来事や、ふとよみがえる人生の記憶を手がかりに、そのときどきに感じた思いや気づきを綴っているエッセイブログです。
地方都市での暮らし、家業の倒産、人材教育の現場、ニュースキャスターやラジオパーソナリティーとしての仕事、女性ネットワークの運営、議員の妻としての生活、家族介護やシングルマザーとしての年月、再婚後の暮らしなど、さまざまな出来事の中で出会ってきた人や風景を、時間を振り返るように書き留めています。
人生の途中でふと立ち止まったときに見えてきたことや、年月の中で少しずつ意味が変わっていった出来事などを、自分の歩みをたどるように綴っています。
記事中の出来事や人物については、個人が特定されないよう配慮し、状況や表現を一部再構成しています。

