仕事をしていると、あとから思いがけない評価を知ることがあります。
人材教育の現場にいた頃のこと。
私は、どうやら「一番怖い先生」と呼ばれていたらしいのです。
その話を聞いたとき、驚きました。
そして、なんだか納得もしました。
今日は、そんな私の「怖さ」を振り返ってみようと思います。
- 本ブログについて
人材教育業、女性ネットワーク組織の運営、高齢家族の介護など、筆者がさまざまな経験を通して感じたことを振り返るように綴るエッセイです。(詳細はクリックしてご覧ください) - 筆者の山辺千賀子(やまべちかこ)について
人材教育コンサルタント、地方局キャスター、ラジオパーソナリティー、CMプランナーなどの職業を経てきたシニア。認知症などの家族介護やシングルマザーとしての年月、地方議員の後添え、思春期の貧困など、さまざまな出来事の中で出会ってきた人や風景を、時間を振り返るように書き留めています。なお、これまで筆者にお寄せいただいたお悩みを基に、「シアワセの素」ブログも綴っています。いずれのブログも、記事内容で個人が特定されないよう一部再構成しています。
「怖い先生」と呼ばれていたと、あとから知った話
ある企業での研修のあと。
別の講師の方が、楽しそうに教えてくれました。
「あなた、一番怖い先生って評判ですよ」
あまりにも軽やかな口調だったので、こちらは思わずキョトンです。
怖い?
私が?
しかも「一番」?
正直、その瞬間は、少しだけ現実感がありませんでした。
その企業は、地元でもよく知られた会社で、毎年複数の講師を招いて研修を行っていました。
つまり、比較対象はいくらでもいるわけです。
なのに、なぜ私が。
しかも私は女性で、声を荒げた覚えもなければ、威圧的に振る舞った記憶もありません。
それでも「一番怖い」。
この時点では、まったくピンと来ていませんでした。
血を流しても気づかなかった研修講師の一日
その理由は、ある日の研修にあったそうです。
講義の最中、私はどこかに手をぶつけたらしく、出血したのだとか。
…まったく気づきませんでした。
参加者の方に指摘されて、ようやく知ったのですが、
「あ、そうですか」
それくらいの反応で、そのまま研修を続けてしまったようです。
今思えば、なかなかの光景です。
血を流しながら話し続ける講師。
ちょっとしたホラーです。
けれど、そのときの私は本当にいつも通りでした。
特別に気合が入っていたわけでもなく、無理をしていたわけでもありません。
ただ、自分が本気で思っていることを、そのまま伝えていただけ。
リーダー研修、顧客満足、クレーム対応、企業風土、情報共有。
どのテーマでもやっていたことは同じです。
伝えることに集中する。
それだけでした。
振り返れば、ただそれだけのことだったのです。
だから、その日も特別な一日ではなかったのです。
仕事の熱量は、思った以上に伝わっていた
研修参加者の様子も、私にはいつも通りに見えていました。
静かに聞く人。
うなずく人。
メモを取る人。
時々、笑いも起きる。
どこにでもある研修風景です。
ところが、後日こう聞かされたのです。
「血を流しながら、全然気にせず話し続けていたそうですよ」
「もう、ものすごく熱かったって」
話してくれた講師の方は、笑いをこらえきれない様子でした。
どうやら「あなたらしい」と言いたかったようです。
「怖さ」の正体は、熱量だったかも
その話を聞いて、思い出したことがあります。
当時、私は女性グループの代表をしていました。
能力が高いわけでもない私を、周囲の仲間が支えてくれていたのです。
あるとき、その一人に言われました。
「あなたって、わき目も振らず進んでいくでしょ。藪の中を、傷だらけで突っ込んでいく感じ。だから、助けなきゃって思うのよ」
さらに一言。
「血だらけになってても気づかない人だから」
…なるほど。
どうやら、これがそのまま研修でリアルに可視化されていたようです。
つまり、私の「怖さ」は、怒ることでも厳しさでもなく、
“止まらない本気”だったのかもしれません。
受講者の方からすると、
「この人、ここまで本気なら、こちらもちゃんと向き合わないと」
そんな気持ちになってくれたのかもしれません。
私としては、むしろ丁寧に、やわらかく伝えているつもりでした。
けれど、その奥にある熱は、受け止めてもらっていたということなのでしょう。
一生懸命働くことが、信頼につながるとき
その企業とは、その後も長くご縁が続きました。
何年にもわたって研修のご依頼をいただきました。
ありがたいことです。
そして、思うのです。
あのとき、本気で向き合ってよかったと。
もし、もう少し無難に。
もう少し丸く。
整えてまとめていたら。
同じ関係にはならなかったかもしれません。
力量ではなく、温度。
それが、誰かの心に残ったのかもしれません。
そしてそれが、私の仕事を支えてくれていたのかもしれません。
今振り返って思う、仕事の姿勢と伝える力
今の私は、あの頃とは少し違います。
相変わらず、スイッチが入ると熱くはなりますが、
その自分を、少し離れて見ているもう一人の自分もいます。
熱の使い方を、考えられるようになりました。
それでも振り返ると、
あの頃の私は、ずいぶん不器用で、
そして、少し強すぎるくらいにまっすぐでした。
けれど、その不器用さが、
「助けたい」と思ってくれる人を呼び、
「あなたがそこまでやるなら」と応えてくれる人と出会わせてくれたのだと思います。
そう考えると、
形はどうであれ、あのときの向き合い方は、私にとっては間違っていなかったのかもしれません。
まあ…女性としては、ちょっと恥ずかしいんですけど。
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