「アットホームな職場です」に私が少し身構える理由――昭和の現場経験から

デスクのオレンジジュース

今回も、人材育成コンサル時代の現場見聞録を。

求人情報で、
「アットホームな職場です!」
そんな言葉、よく見かけますよね。

温かい。仲がいい。家族みたい。
なんだか安心できそうです。

でも私は、この言葉を見ると少しだけ身構えます。

というのも、現場では何度も見てきたからです。

上司や先輩が「うちはアットホームだから」と胸を張る職場ほど、部下や後輩が静かに疲れている場面を。

居心地の良さと、息苦しさは、案外すぐ隣にあります。

アットホームな職場の、たしかに良いところ

もちろん、良い面もあります。

困ったときに聞きやすい。
新人に声をかけてくれる。
社長や上司も偉そうにしない。

ランチで笑い声があり、お菓子が回ってきて、おみやげ文化もある。
ちょっとしたお祝いごとに、みんなで拍手する。

そういう温かさに救われる人も、たくさんいます。

私自身、忘れられない上司や先輩は、どこかアットホームな人たちでした。

ただし――です。
その温かさが、時に重たくなることもありました。

息苦しくなるのは、境界線が消えるとき

たとえば、必要以上にプライベートへ踏み込むこと。

休日に雑談LINE。
週末の食事会のお誘い。
恋愛や結婚への質問。
家族事情への深入り。

する側は親しみのつもりでも、される側は断りづらい。

しかも相手が上司や先輩なら、なおさらです。

また、仲が良すぎる空気は、仕事の線引きも曖昧にします。

注意しにくい。
頼まれごとを断れない。
残業も「みんな頑張ってるし」で帰れない。

やさしさに見えて、実は圧がある。

そんな場面も珍しくありませんでした。

昭和の零細企業は、かなり濃かったです

ここまでは人材育成コンサルとしての現場見聞録。

でも私自身、なんたって昭和の地方の零細企業に勤務しましたから、すこぶるアットホームも経験しました。

 

YURI
たとえば?
CHIKAKO
懇親会の席で、一つの盃でお酒を回し飲みさせられたのは、今でもげんなり、です。
YURI
……

いま読む方には驚かれるかもしれませんね。

でも、あの頃は「みんな仲良く」「連帯感」「付き合いも仕事のうち」が、当たり前の顔をして座っていました。

当然、休みを使って慰安旅行にも出かけました。
断る、という発想すら持ちにくい空気です。

仕事終わりが、夜の8時9時は当たり前、日付が変わることもありました。

あれもまた、昭和ならではの「アットホーム」だったのでしょう。

本当に大切なのは、心地よい距離感

少し辛口に書きましたが、アットホームな職場そのものが悪いわけではありません。

人のぬくもりに救われることもあります。
声をかけてもらって助かった人もいるでしょう。

実際、私もその一人でした。

忘れられない上司や先輩は、アットホーム大王みたいな方が、むしろ多いかもしれません。

ただ、令和の今は、親しさにも「ほどよい距離感」がますます大切になっています。

善意だけでは足りないのです。

相手が心地よいかどうか。
そこまで想像できてこそ、本当に働きやすい職場なのでしょう。

「家族みたいな会社」より、尊重し合える会社。

……でも社会は、いつも振り子のようです。

アットホームが過ぎた時代の反動で、今度は少しドライに傾きすぎている気もします。

ほどよい加減。
それが、いちばん難しいのかもしれません。

 

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