いじめに気づかないまま過ごしていた|密室の寮生活で起きていた静かな違和感

当時は、それが何だったのか、よくわかっていませんでした。

ただ、どこか息が詰まるような感じ。

理由ははっきりしないのに、体調だけが崩れていく。

毎日は普通に続いているのに、どこかだけ、静かに消耗していくような感覚がありました。

 

それが「いじめ」と呼ばれるものだと知ったのは、ずっとあとになってからです。

思い返すと、特別な出来事は何もなかったようにも見えます。

ただ、同じようなやりとりが繰り返されて、

そのたびに、少しずつ何かが引っかかる。

 

いじめに気づかない、というのは、こういう形で起こるのかもしれません。

 

本ブログについて
筆者の経験を通して綴るエッセイです。(詳細はクリックしてご覧ください)
筆者:山辺千賀子(やまべちかこ)について
人材教育コンサルタント、地方局キャスター、ラジオパーソナリティー、CMプランナー、女性ネットワーク組織の運営などを経てきたシニア。
認知症などの家族介護やシングルマザーとしての年月、地方議員の後添え、思春期の貧困など、さまざまな出来事の中で出会ってきた人や風景を、時間を振り返るように書き留めています。
なお、これまで筆者にお寄せいただいたお悩みを基に、「シアワセの素」ブログも綴っています。いずれのブログも、記事内容で個人が特定されないよう一部再構成しています。

いじめに気づかないまま過ごした寮生活

若い頃、就職した職場で寮生活をしていました。

個室ではなく、同室の先輩と過ごす毎日でした。

 

人のいい地方出身の人が多くて、にぎやかで、どこか安心する空気。

楽しかったのも覚えています。

誰かの部屋に集まって笑ったり、おすそ分けのお菓子を回したり。

ああいう時間は、今思い出してもあたたかいものです。

 

ただ、その中に、違う感触の時間も混ざっていました。

同室の先輩から、いつも声をかけられていたのです。

 

「あなたのために言うんだけど」

その一言から始まる時間。

正座をするように促されて、部屋の空気が張りつめる。

洗濯物の干し方。

靴のそろえ方。

挨拶のタイミング。

細かいことを、一つひとつ。

 

言われている内容は、間違っているとは思えませんでした。

ですから、黙って聞いていました。

でも、小さなことを毎日言われるたびに、少しずつ違和感が残っていきました。

 

共有スペースでのちょっとした行動を、あとから指摘されることもありました。

「さっきの、見てたけどね」

誰もいないときに、静かに言われる。

 

みんなでいるときは、何も言われないのに、二人きりになると、空気が変わる。

ため息をつかれたり、返事が気に入らないと、急に黙り込まれたり。

洗面所の使い方や、ちょっとした癖まで覚えられていて、同じところを何度もなぞるように指摘される。

 

その人が、実に絶妙に、私を会話から外そうとしていることを感じることもありました。

「あの場では、〇〇さんを立てて話ができるようじゃないとダメでしょう」と。

 

おすそ分けのお菓子を回すときも、なぜか私の分だけ足りないことはよくありました。

同室なので、あとで渡しているように見えていたのかもしれません。

たかが、そんなこと、なのですが。

繰り返されると、けっこう響きます。

 

でも、その先輩は、周りから見るとやさしくて感じのいい人でした。

他の人には、よく気がつく人で、いつもにこにこしている。

むしろとても気配りのできる人でした。

そのことが、かえって、自分の感覚を曖昧にしていた気がします。

いじめに気づかない理由のようなもの

私は、基本的にはおとなしく聞いていました。

言われていることは正しい気もするし、自分が未熟なのだと思っていました。

 

でも、どこかで引っかかっていたんです。

本当に小さなことを、「だからこそ大切なの、わかるでしょう」と言われること。

言い方に、表情以上に強さがあること。

胸の奥に残る、ざらっとした感じ。

 

あるとき、同期の一人が、こっそり教えてくれました。

「あなた、いじめられてるわよ」

その言葉に、少し驚きました。

 

いじめ、というほどのことなのか。

そんなふうには思っていませんでした。

 

でも、そのあとに続いた言葉で、少し空気が変わりました。

「女の嫉妬、感じるよ」

自分には思い当たることがなくて、思わず否定したのを覚えています。

 

すると、こう言われました。

「だって、あなた、他の先輩にかわいがられてるでしょう」

 

そのとき、いくつかの場面が、つながったような気がしました。

あの先輩が、他の人の前ではやさしく振る舞うこと。

そして、二人きりになると、急に違う顔になること。

私は気づいていなかっただけで、見えている人には、見えていたのかもしれません。

 

自分の中にも、複雑な気持ちはありました。

腹が立つこともあったし、正直、相手を小さく感じてしまうこともありました。

でも、それを表に出すことはなくて、ただ、受け取る側に回っていたのでした。

 

あの時間のあとに残ったもの

あとになって振り返ると、あの時間は、少しずつ削られていくような感覚がありました。

一度に大きなことが起きるわけではないんです。

小さな違和感が、静かに重なっていく。

気づいたときには、なぜこんなに不調が続くのか、わからなくなっている。

 

当時は、すこぶる体調が悪かったですね。

理由ははっきりしないのに、とにかくしんどい状態が続いていました。

でも、その後、この環境を離れてから、みるみる体が軽くなっていったのを覚えています。

 

あのときのことを思い出すと、相手によって大きく顔を変える人がいるのだなと感じます。

やさしい顔と、そうでない顔。

そのどちらも、同じ人の中にある。

今なら、わかるような気がするのです。

相手によって態度が急に変わる人に出会ったとき。

あのときの、あの空気の意味を。

 

無理をしていると、どこかでひずみが生まれるものです。

そのひずみは、きっかけさえあれば、外にあふれてしまう。

それが、たまたまこちら側に向いていた。

向けやすかっただけなのかもしれません。

 

…でも、

今なら、戦えるかも。

 

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